人事担当者として、私たちが日々の業務で深く関わる制度の一つに「職能資格制度」があります。これは、従業員の皆さんの成長と会社の発展を支える上で非常に重要な「人基準」の制度です。今回は、その仕組みや評価、そしてなぜ今、この制度の改革や見直しが進んでいるのかについて、人事の視点からわかりやすく解説していきます。

職能資格制度ってどんな制度?
職能資格制度は、日本企業で広く採用されてきたメンバーシップ型人事制度の代表格です。その名の通り、「職務遂行能力(職能)」に基づいて従業員の皆さんを格付けし、処遇を決定する「人基準」の制度と言えます。
この制度の根幹となるのは、「資格等級」です。これは、会社が従業員に期待する職務遂行能力を、その発展段階に応じて8〜10段階程度に区分したものです。例えば、新入社員から始まり、一般社員、リーダー、マネージャーといった段階を経て、それぞれの資格等級に求められる能力が設定されています。

職務遂行能力は、部署異動や役職への登用など、さまざまな職務を経験することで高まると考えられています。そして、その能力の高まりとともに、「昇格(資格等級が上がること)」していくのが一般的です。昇格の基準は、「現在の資格等級に求められる要素を習得しているか」という「卒業要件」の考え方がベースになります。
役職と資格等級の関係については、多くの場合、1つの資格等級に複数の役職が対応しています。例えば、同じ「主任」という役職でも、資格等級によって期待される能力や責任の範囲が異なるケースがあります。一般的には、資格等級が昇格した後に、その職務遂行能力を発揮するのにふさわしい役職に「昇進(役職が上がること)」するのが自然な流れとされています。
職能資格制度における人事評価の視点
職能資格制度における人事評価では、従業員の皆さんの職務遂行能力の発揮状況や保有状況を、主に以下の3つの評価分野で判定します。
- 成績: 職務遂行によって得られた「結果」を評価します。
- 勤務態度(情意): 職務遂行の「プロセスにおける努力度合い」を評価します。
- 能力: 成績を生み出す「要因となる能力」を評価します。
これらの評価分野にはそれぞれ複数の評価項目が設けられています。特に特徴的なのは、「どんな仕事にも適用可能なゼネラリスト的な要素」が重視される点です。これは、様々な職務をバランス良く経験することを前提としたメンバーシップ型のキャリアパスと密接に結びついています。
人事評価の結果は、皆さんの処遇に反映されます。例えば、賞与の決定には「成績」や「勤務態度(情意)」が反映されることが多いですが、基本給や昇格といった職能資格制度の根幹に関わる事項の決定には、「成績」「勤務態度(情意)」「能力」の職務遂行能力が総合的に反映されるのが一般的です。
職能資格制度の基本給:職能給と習熟昇給
職能資格制度における皆さんの月給は、主に基本給(職能給)、役職手当、その他諸手当で構成されます。この中でも、最も大きなウェイトを占めるのが職能給です。

職能資格制度の給与設計における大きな特徴は、「レンジレート」と「習熟昇給型の定期昇給」です。
通常、職能給は「高資格等級ほど高職能給」となるように設計されます。しかし、資格等級ごとに一律の金額が定められているわけではありません。それぞれの資格等級において、下限から上限までの幅(レンジ)が設けられており、これを「レンジレート」と呼びます。資格等級間でレンジレートの重複が少ない(または重複がない)ほど、昇格することへのインセンティブが大きくなります。
このレンジレートの範囲内で、皆さんの職務遂行能力の高まり(人事評価結果)や経験年数(資格等級在籍期間)に応じて、定期昇給が実施されます。この定期昇給は毎年積み上げ型(前年の職能給に加算)で実施されるため、同じ資格等級に長く在籍している従業員ほど、レンジレートの上限に近い職能給となる傾向があります。これは、「同じ資格等級であっても、初心者とベテランでは習熟度に差があり、それを職能給にも反映すべき」という考え方に基づくもので、「習熟昇給型の定期昇給」と呼ばれるゆえんです。
職能資格制度における役職手当の役割
役職手当は、役職ごとの職責や負担に応じて設定されます。「高役職ほど高役職手当」とし、役職ごとに一律の金額で設定・支給されるのが一般的です。
職能資格制度では、前述の通り1つの資格等級に複数の役職が対応することがあります。例えば、4等級に「係長」と「主任」の2つの役職が対応している場合、役職手当がなければ、同じ資格等級であれば「係長」も「主任」も同じ月給となってしまい、職責に見合った納得感が得られなくなります。このようなケースにおいて、職能資格制度では役職手当が、職責の違いを給与に反映させる重要な役割を担います。
職能資格制度が抱える課題と今後の展望
近年、従来の職能資格制度を改革したり、廃止したりする企業が増加しています。その背景には、いくつかの課題が存在します。
まず挙げられるのが「経験重視の弊害」と「年功化しやすいこと」です。資格等級の昇格運用が経験年数を重視する傾向にあるため、有能な若手社員の早期抜擢が妨げられるケースがあります。また、技術やスキルの変化が著しい現代において、一度習得した能力が陳腐化するスピードも速く、職能資格制度の「卒業要件」の考え方が、必ずしも現在のビジネス環境にマッチしなくなってきています。
加えて、制度の運用が年功化しやすいのも課題の一つです。経験重視の昇格に加え、人事評価がバランス重視のゼネラリスト的な要素に偏りがちで、評価に大きな差がつきにくいことが要因として挙げられます。さらに、賃金制度における職能給に「習熟昇給型の定期昇給」が存在することも、結果として年齢や勤続年数に強く影響された運用となるケースが多く見られます。
職能資格制度は、「従業員の職務遂行能力」、つまり「人基準」で設計・運用されているため、近年注目を集めるジョブ型(仕事基準)とは概念が相反します。職能資格制度の課題は、言い換えればメンバーシップ型の課題そのものであるとも言えるでしょう。
もちろん、職能資格制度が日本企業の成長を長年支えてきたことは間違いありません。しかし、変化の激しい現代において、組織としてさらなる成長を遂げるためには、これらの課題と真摯に向き合い、時代に即した制度へと進化させていく必要があると、人事として強く感じています。
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