戦後から人的資本経営まで:人件費コスト抑制から「人への投資」への大転換期【事例で学ぶ人事の歴史】

人事

年功の打破」が叫ばれて久しい日本企業。

しかし、そもそも私たちは、いつから年功序列型の人事管理を是としてきたのでしょうか?

近代産業が勃興した明治期には、年功制はおろか、長期雇用慣行そのものがまだ成立していませんでした。年功賃金など現代へと続く人事管理の基礎は、戦前期に徐々に形作られましたが、最終的に年功制が広く確立されたのは、戦後の高度経済成長期であると考えられます。

以下、戦後の日本企業の人事管理がどのように変遷してきたのか、具体的な事例を交えながらその歴史を振り返り、現代における「人的資本経営」の重要性について掘り下げていきます。

戦後復興から高度経済成長期:年功制の確立とその「経済合理性」

戦後復興期、日本経済は混乱の中にありました。

国民が安心して生活できる賃金水準を確保するため、電産型賃金と呼ばれる、生活給的な色彩の濃い賃金体系が形成されていきます。これは、電力産業の労使交渉で確立された賃金体系が他産業にも波及したもので、家族構成や年齢に応じた生活保障が重視された点が特徴です。

電算型賃金については下記の記事で紹介しています!

【人事担当者必見】「電産型賃金」を徹底解説!日本の賃金制度の歴史と現代の人事戦略への活かし方
電産型賃金とは?日本の賃金制度のルーツである電産型賃金を人事担当者向けに徹底解説。当時の給与体系や年功序列の背景を知り、現代の人事戦略に活かすヒントを見つけましょう。

復興期から高度経済成長期へと移行するにつれて、年齢や勤続年数を基軸とした年功型の人事管理が幅広い産業に浸透していきました。

例えば、当時の大手メーカーでは、新卒で入社すれば定年まで雇用が保証され、勤続年数に応じて給与が上がり、役職も上がっていくのが一般的でした。

当時の日本は、若年層が多くピラミッド型の人口構成であり、経済も高い成長を続けていたため、年功制は社員の生活安定とモチベーション維持に繋がり、企業にとっては長期的な人材育成と定着を促す上で一定の経済合理性がありました。

この時期に、現在の日本的経営の基盤となる終身雇用年功序列企業内組合という三種の神器が確立されたのです。

安定成長期と職能資格制度の台頭:形骸化し始めた「能力主義」

1973年のオイルショックを経て、日本の高度経済成長は終焉を迎え、安定成長期へと突入します。

経済成長の鈍化は、企業内のポスト不足という課題を顕在化させました。高度成長期のように毎年大量採用し、全員が昇進できるような環境ではなくなってきたのです。

こうした状況下で、急速に台頭したのが職能資格制度です。これは、1970年代後半から1980年代にかけて、多くの企業で導入されました。職能資格制度とは、社員の職務遂行能力に基づいて基本的な待遇を決定する人事システムです。

例えば、等級が上がることで給与レンジが広がり、担当できる仕事の範囲も広がるといった仕組みです。

その理念は、年功ではなく能力を評価する「脱年功・能力主義」にありました。

しかし、残念ながら「能力」は目に見えず、その測定は容易ではありません。

多くの企業では、実態として「滞留年数」が重視されたり、「〇歳になったら次の等級」といった運用がなされたりするなど、年齢や勤続年数を「能力伸長の代理指標」と見なす年功的な運用を誘発しがちでした。

当時の日本は、年5%程度の安定成長を続け、人口の高齢化もそれほど進んでいなかったため、この年功的な運用が直ちに大きな問題となることはありませんでした。

結果として、高度成長期に確立された年功制は、表向きの制度変更はあっても、実態としてはほとんど手つかずのまま温存されることになります。

バブル崩壊から現代まで:コスト抑制の時代と「人への投資」への反転

1990年にバブル経済が崩壊し、日本は「失われた30年」とも称される低成長時代へと突入します。

加えて、労働力人口の急激な高齢化が進んだことで、年功制を維持し続けることは、人件費の膨張を招き、企業経営を圧迫するようになりました。

この時期、多くの企業が人件費の変動費化を意図し、成果主義型賃金制度の導入を加速させました。

例えば、1990年代後半には、大手金融機関IT企業を中心に、個人の目標達成度や業績への貢献度を重視し、それが直接給与に反映されるような制度が相次いで導入されました。また、職能資格制度を見直し、より成果や役割を明確にする動きも活発化しました。

2000年代に入ると、年功を誘発しがちな職能資格制度から、職務や役割をより重視した人事処遇制度へと転換する企業がさらに増加します。これは、欧米型のジョブ型雇用に近い考え方で、職務記述書を明確にし、その職務に対する対価として賃金を支払うという考え方が広がりました。

さらに、定期昇給やベースアップを凍結する企業が相次ぐなど、賃金コスト抑制への動きは頂点に達しました。 多くの企業が、人員削減や賃金抑制によって経営を立て直そうとしました。

しかし、2010年代後半になると、日本経済は次第に回復基調に移り、企業を取り巻く環境にも変化の兆しが見え始めます。

少子高齢化による労働力不足は深刻化し、グローバル競争は激しさを増しました

こうした中で、政府主導で生産性向上と労働時間短縮を両輪とする「働き方改革」が加速するなど、単なるコスト抑制ではない「成長志向の人事管理」を模索する動きが見られるようになりました。

人的資本経営の時代へ:未来に向けた「人への投資」の重要性

バブル崩壊以降、日本企業は長きにわたり、人件費コスト抑制に汲々とする経営を続けてきました。その結果、必要な人材への投資が滞り、国際的な競争力の低下にも繋がったという指摘もあります。

近年、日本で注目されるようになった「人的資本経営は、まさにこの流れを反転させようとするものです。

人的資本経営とは、人材を単なるコストとしてではなく、企業価値創造の源泉である「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すための戦略的な投資と活用を行う経営の考え方です。

具体的な取り組みとしては、以下のようなものが挙げられます。

  • リスキリング・アップスキリングへの投資: デジタル化の進展に伴い、従業員のスキルを再習得(リスキリング)させたり、新しいスキルを習得(アップスキリング)させたりする企業が増えています。例えば、大手IT企業が社員向けのAI・データサイエンス研修を拡充したり、製造業がデジタルツールの活用を促す社内講座を開設したりするケースが見られます。
  • エンゲージメントの向上: 従業員が企業に対してどれだけ貢献意欲を持っているかを示すエンゲージメントを高めるための施策も重要です。柔軟な働き方(リモートワーク、フレックスタイム制)の導入や、従業員満足度調査を実施し、その結果を経営に活かす企業が増加しています。
  • DEI(Diversity, Equity & Inclusion)の推進: 多様な人材が活き活きと働ける環境整備、公平な機会提供、インクルーシブな組織文化の醸成が不可欠です。女性管理職比率の目標設定や、外国籍人材の積極採用障がい者雇用の促進など、具体的な数値目標を掲げて取り組む企業も増えています。
  • 人的資本の情報開示: 2023年3月期からは、上場企業に対して人的資本に関する情報開示が義務化され、有価証券報告書などで人材育成への投資額や男女間賃金格差などが開示されるようになりました。これは、人的資本が非財務情報として企業価値を測る重要な指標と認識されたことの証左です。

景気の波に左右されることなく、この「人的資本経営」のコンセプトが真に日本企業に定着し、持続的な成長の原動力となるのか。今、私たち人事担当者には、その真価が問われています。人件費抑制の時代から、人への戦略的投資の時代へと舵を切る今、貴社の人事部門が果たす役割は、かつてないほどに重要です。


【人事担当者の皆様へ】 貴社では、この「人的資本経営」の波をどのように捉え、具体的にどのような「人への投資」戦略を描かれていますか? ぜひ貴社の事例や課題を共有いただき、共に人的資本経営の未来について考えていきましょう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました